アレクサンダー・テクニーク 演奏に困ったとき

次のステップに進むヒントになるか、はたまたトラウマになるか。本番の出来を左右する反省の仕方。

本番とか大事な練習が終わった後って、

「あーさっきのとこはずしちゃったなー」とか

「前こうだったけどさっきは違ったな」

みたいにその時の出来を思い返すじゃないですか。

 

でも、そのときの思い返し方、つまり反省の仕方って、とっても大事なんですよ。

今回は「反省の仕方でその本番は自分のためのにもなるし、逆にトラウマにもなるよ」っていう話。

 

まずは僕の経験談から。

僕は反省の仕方を間違ったばっかりに、トラウマを大量生産したとても苦い経験があります。

 

ぼくのトラウマ生成プロセス

ときは僕がトラウマをもっとも作っていた時期、大学1年生。

1年生の管弦打楽器が全員で模擬試験みたいなの(おさらい会ってやつです)をする機会がありました。

 

そこで僕はすごい緊張してしまって、まぁ本番ならではの本番(お察しください)を経験することになりました。

緊張してパニックになってしまったことが、僕にとってはもう恥ずかしくて情けなくて、当時すごい落ち込んだんです。

 

 

ここまでは、多くの人が経験する話。トラウマ生産はこの次から始まります。

 

 

この時の僕の頭の中では

 

「あいつ本番弱いよね」

「緊張してたの見え見え」

「あんなとこで音はずす?普通。」

 

 

みたいな、実際に言われてもない言葉がぐるんぐるんしていました。

 

自分自身で必死にダメだったところを思い出していたのです。

そうなのです。

自分で悪かったとこ見つけて、反省しようとしたんです。

何故なら、人から言われると傷つくから

 

・緊張して吹けなかった

・練習の成果が出せなかった

・そのせいで同級生の前で恥をかいた

・もうこんな思いはしたくない

 

こんなことをずーっと考えていました。脳内カオスです。

 

そんなとき、演奏を聞いてくれていた4年生の先輩が優しく声をかけてくださりました。

 

「じゅんぺいはあんなもんじゃないってみんな知ってるか大丈夫だよ。」

 

なんていい先輩なんでしょう。(泣)

もう今となってはその言葉がどんなに優しくありがたいお言葉だったかがわかります。

 

がしかし!

その言葉を聞いて僕は

 

やっぱそう聞こえてたのか・・・

 

としか思うことができませんでした。

 

当時の僕は脳内カオス状態だったのでその言葉をまっすぐ受け取ることができなくなっていたのです。

それどころか、自分で反省していた悪い点がほかの人からの意見で裏付けされてしまったように感じてしまっていました。

かなりショックです。

 

 

極めつけはとある人が何気なく言った

 

「お前緊張してたなぁ(笑)」

 

こんなしょうもない感想でも、ボロボロの精神状態にトドメをさすのには十分すぎるものでした。

 

こうして、一個の本番が負の記憶として蓄積されることになりました。

トラウマ完成。

 

 

トラウマか、次へのステップか。運命の分かれ道

僕の話を例にすると、トラウマ生成のチェックポイントが見えてきます。

赤字にもしたのでわかるとは思いますが、

 

(僕の場合は他人からの非難に備えるために)

反省点を無理やりあげていった

 

のがトラウマチェックポイントです。

そのせいでアドバイスをまともに受け入れられなくなって、どんどん落ち込んでいくことになるのですから。

 

本番が終わった直後などは、普段より感覚神経が敏感になっていて、本番直後に思ったこと起こったことが、本番とセットで記憶されるような気がします。

そんな心がホヤホヤの状態で、後ろ向きなことばっかり思ってたら、失敗した恐ろしい本番、っていうふうに記憶してしまっても無理はないんじゃないかと思うんです。

 

つまり、

本番というとても刺激の強い体験を、どういった言葉掛けで裏付けしていくのかがとても重要なポイントになってきます。

 

僕は反省点はあれど、明日からの活動をなるべく前向きにハッピーに過ごしたいと思っています。

なので、励ましの言葉や褒め言葉(それがお世辞だとしても!)は素直に受け取るようにしています。

 

そしてその励ましの言葉や褒め言葉をかけてくれるのは先生であり、先輩であり、お客さんであり、自分自身なのです。

 

 

本番後に反省するときのポイント

闇堕ちを経験したぼく(←)は今、こんなことに気をつけています。

 

①まず「何がよかったか」について考える

本番が終わって「今の本番良かったんじゃない?」からの「どこが良かった?」っていうのを探します。

 

僕はかなりのネガティブ人間なので、ダメだったところは嫌でも浮かんできます。

なので意識的によかったところについて考えるようにしています。

 

何でもいいのです。

 

緊張して音自体が全然でなかったけど、どうにかしようとしてたら徐々に出るようになった

全編通して上手くいかなかったけど、どうにかしようと改善を試み続けられた

 

 

こういうことで全然いいんです。

出来なかったことも事実としてあるなら、出来たこと、上手くいったこともまた事実なのですから。

よかったこともちゃんと認めてあげましょう。

 

 

②反省点を、ただの情報として認識する

どういうことかといいますと、例えば音をはずしてしまった時、

 

「大事なところではずしてしまった」

 

と思うのは主観が混じった感想です。

 

それを

 

「この小節でBを出そうと思ったけどBじゃなくてAsが出た」

 

というただの事実として考えます。

 

そうすると悲観的にならずに、次の「だったらどうする?」に移行しやすくなります。少なくとも僕はそうでした。

僕の場合、「大事なところではずしてしまった」理由を考えると、「大事なとこ」っていう主観的な見方も相まって「本番に弱いなぁ」っていうあいまいな判断をしがちになります。(僕は「本番に弱い」は具体性に欠けると思っています。)

 

でも「BではなくAsが出た」って考えると、理由として「本番に弱いなぁ」はちょっと変。

「息の圧力が足りなかった」「ちゃんと音を歌ってなかった」「そもそもバテてた」という具体的なものがよく思い浮かびます。

改善点がわかれば、「また明日からも頑張ろう」になれる訳です。

 

 

 

悪かったところ無視していいの?それじゃ同じ失敗するんじゃない?

そんなふうに思った方、いい着眼点ですね。(○上彰)

ここにも、その本番がただの失敗になるか、次のステップに進む大きなヒントになるか、の分かれ道があります。

 

トラウマ化したときの僕は

 

「あーあそこでミスした上手くいかなかった、、、自分の下手さを痛感した、、、。」

 

っていう反省の仕方をしていました。

でもこれって、結果を嘆いているだけで次のこと考えていないんですよね。

 

そうではなく、反省をするのであれば、具体的に

 

ここがこういう理由でこうなったかもしれないから、次はこうしよう

 

っていうのが明確にわかっていて、受け入れられている必要があります。

 

反省とは、次に活かせてこそ反省と呼べるのです。

まとめ:反省の仕方はそれぞれでも構わない。でも

ここまでぼくがやっている反省の仕方について言いたいことを言ってみました。

でも実際のところ反省の仕方は人それぞれでいいと思います。

 

悪かった点をたくさんあげていって、「まだまだだな。ちくしょ~このままじゃ終わらないぞ。次こそは絶対やってやるんだ。」って思える人はそれでOKです。Niceです。

 

大切なのは

反省することによって、また頑張っていこう!っていうエネルギーが生まれるかどうか

 

です。

自分の無力さ未熟さを知るだけでは反省ではありません。

反省することで「さぁこれからどうしようか」を前向きに考えられるようになることが大切だと思います。

 

明日から自分は自分自身にどんな言葉がかけられるでしょう。

誰もが「明日からも頑張るぞ!」を見つけられるような反省の仕方を見つけられますように。

 

-アレクサンダー・テクニーク, 演奏に困ったとき