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本当の意味で自分に厳しくなれていますか

世の中の「厳しさ」「ストイック」という言葉のイメージに若干の違和感を覚えています。

ぼくは

「厳しさ」や「ストイック」には怒ること、責めることは不可欠ではない

と考えています。

 

何故なら僕が考える「厳しさ」や「ストイック」っていうのは、

物事に対してさらなる改善をするために建設的な道筋を考え歩むことに妥協しないこと

であるからです。

 

簡単に言えば

本当に自分のためになることを本気で考えて実行できるか

ということです。

 

 

 

 

言葉の厳しさと臨む姿勢の厳しさ

もちろんそのために敢えて自分を追い込むようなことをしたり、危機感を煽るようなことをすることも手段の一つではあると思います。

危機感や危険回避のためのエネルギーはとてつもなく大きいので有効な手段です。

 

 

ですが、「厳しさ=追い込むこと、怒ること」に変わると話は別です。

 

「(私はorお前は)なんでできないんだ!ちゃんとやってんのか!」

って追い込んだとしても、

そのせいで自信を無くしたり、怖くて吹けなくなったり、音楽しようっていう気持ちが薄れてしまったらしょうがないのです。

 

人はこの「危機感を煽ること=厳しい」と思ってしまい、それに耐えることがやりがいとか達成感だと勘違いしがちです。

そうなると頑張ることが目的になってしまい、「(間違った意味での)厳しくないと意味がない」になってしまうのだと考えています。

 

僕が厳しさに怒ること、責めることは不可欠ではないと考えるのはそのためです。

厳しい=怖い危ない怒られる ではないのです。

 

視野が狭いのはストイックではない

またストイックさについても、

「1日8時間練習してます」

っていうのも疲労が蓄積していることに気が付かず、日々のパフォーマンスが低下していっていたら逆効果です。

改善に向けた道筋を妥協せず歩むことがストイックであるのであれば、ただ1日8時間練習するのはストイックでもなんでもないのです。

 

何時間練習しなきゃうまくなれない

練習中はほかのこと考えちゃいけない

1日中楽器のこと考えてなきゃ上手くなれない

 

こういった「であるべき」で思考が停止して視野が狭まってしまっていることをストイックという言葉で美化しないようにしたいです。

 

 

まとめ

とあるやさしいおじいちゃん先生がいつも通りの優しい声でニコニコしながら

 

「どうやったら良くなるか、よくかんがえて。今までそれをやってこなかったんだから。今日のレッスンはそれをやることにしようね。いつまでもやってもらってるようじゃだめだよ。」

 

って言ったのを思い出します。

「なんでできないんだ!ちゃんと練習してきたのか!」

って怒鳴るよりよっぽど厳しいと思いました。

 

 

厳しくあることは「あたること」ではなくて

「自分がどうやったら良くなるかという問いの答えを考えること、そしてのことから逃げずに向き合うこと」

です。

言葉の厳しさや練習時間はそのための手段でしかないということを頭の片隅においていただければと思います。

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