未分類

みんな同じ音がする吹奏楽部

2016/10/04

時々遭遇します。

ユニゾンぴったり、素晴らしい。

ハーモニーぴったり、素晴らしい。

縦線ぴったり、素晴らしい。

 

 

でもみんな同じ音色で吹いてる。

なんだか音に個性が感じられない。

 

集団で揃えるためには必要なことかもしれません。

ですが、「合わせること」と「揃えること」は違うと思うんです。

 

なんでこんなことになるんだろう?

このいい意味で悪いところがない、悪く言えば機械みたいな音はどうして生まれてしまったんだろう。

 

 

基準とする音が機械である

音程を合わせるときハーモニーディレクターを使っている学校も多いと思います。

平均律、純正律、音域も広く、メトロノームにもなるし電源があればどこでも使える。便利な道具です。

 

でもその音に「響き」はありますか?

豊かな倍音は含まれていますか?

 

こちらの記事でも少し述べていますが、音程を合わそうとするときは音色もそろっていないと合ったようには聞こえません。

 

ハーモニーディレクターでチューニングしている時、あなたは音程を合わそうとして無意識に音色をそろえようともしています。

ハーモニーディレクターに音色を合わそうとしている、これって

 

自分の音色を機械に近づけようとしているのと同じ

 

ことなんです。

いわゆる強豪校の耳のいい吹奏楽部員たちならなおさらです。

たった一つの絶対に音程がぶれず揺れない音に全員が合わせていたら、そりゃ音程は完璧で、音色も一定な、無個性な音になるのも納得です。

 

 

はみ出したやつを叩けばいいから練習はラク

なんでこの音色が良いんでしょう?

答えは簡単、ラクだから。

 

だってハーモニーディレクターの音と全員が同じように吹けば音程はぴったりだし、音色もそろっているのでハーモニーもあいやすい。

そして何より「そうじゃない人」を直せば済む話なので、考えなくても指導できるんです。

しかも直すのは本人なので「ちゃんとやっといて」で終われるんです。

 

 

それしかやらない先生、それはあなたがラクしてるだけです

音色だけじゃなく、リズムや音楽以外のほかのことでも同じです。

そしてこれは「指導者の怠慢」だと考えています。

周りと違う人を指摘して直させるだけなら、わざわざ人間が指揮台に上がる必要はありません。チューナーとメトロノームを置いとけばいいんです。

機械が教えてくれることをわざわざ人間が復唱する必要はありません。

 

長い時間生徒と接してきた先生だからこそ、その子に対する言い方や、アドバイスの仕方、どうやったらできるようになるか、その子にどうなってほしいのか、を伝えていくべきだとぼくは思います。

そこを考える労力を惜しんでしまったら、指導者があなたである必要はないのです。

 

 

全国大会で「爆音演奏」が評価されていた理由

音程縦線がそろった演奏は確かにコンクールなどで評価されやすいのも事実です。それには血のにじむような努力が必要でどの学校もできることではなく先生と生徒がありえないくらい大量の時間と神経を費やしてできることですからね。

 

でも全国大会くらいのレベルになってくると、ほとんどの団体はそれをこなしてきます。

音程が正しい、とか縦線があっている、とかはほぼ「普通」になってきてそこだけでは評価されないのです。

 

そうしたときに抜きんでて聞こえてくるのは「学校の個性を武器に演奏する学校」です。

超絶技巧プレーヤーがたくさんいる学校や、フォルテの鳴りが圧倒衣的な学校、曲の世界観に深く踏み込んだ演奏をした学校など。

そう言った学校は音色も大変個性的です。

同じ揃った演奏をする団体でも、「個性を抑えて揃えった演奏」と「個性があふれてい揃った演奏」だったら、良く聞こえるのはどちらでしょうね。

 

大切なのは整理じゃなくて「融合」なんじゃないか

部活の音を作るのは

はみ出した部分を切りそろえたものじゃなくて、

はみ出た部分も足らないところも寄り合わさったもの

じゃないかと思います。

 

音程でいえば

一人一人がチューナーで合わせて割る音程を出さないのが整理

音程だけを合わせるというよりバンドとしてのハーモニーを合わせるのが融合。

 

リズムでいえば

一人一人が♩=100で演奏するのが整理

全員で吹いたのが♩=100であるのを目指すのが融合。

 

音色でいえば

全員が同じ音を出すのが整理

理想とする全体の音に向かって全員の音が混ざるのが融合。

 

です。

部活のための部員であるのか、

部員のための部活であるのか

の違いでもあるような気がします。

 

 

まとめ

今回はハーモニーディレクターの話に始まり、吹奏楽「部」のあまり良くないところにあえて切り込んでみました。

均整のとれた演奏は確かに評価されるのは事実ですが、それだけじゃないような気がするんですよね。

だって吹奏楽部はコンクールにでるのが主な活動ではなく吹奏楽を楽しむことが主な活動じゃないですか。

コンクールはイベントの一つであって真の目的ではないのです。

 

なので音程縦線合わせにだけ神経質になるような部活にだけはなってほしくないんですよね。

音楽ってもっと素晴らしいものなんですよ。

心から楽しいし一生続けられるものです。

 

この記事が音楽の見方を変える何かのきっかけになってくれればうれしいです。

 

関連記事

音程を合わせるときに気を付けたい3つのポイント

 

吹奏楽部の自動返事システムに物申す

 

-未分類