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指導する側の備忘録

2016/09/28

前回書いた記事(最短ルートは可能性を狭める。上達を目指す人に知ってもらいたいこと)の続編にあたる内容です。

 

 

生徒の価値観の形成は指導者の手にかかっている

価値観というものは両極端の事例にたくさん出会っていく中でこれは好き、これは嫌いという直観的判断で形成されていきます。

 

なのでその価値観がまだ定まっていない初心者や経験の浅い人に

「これが正しくてこれは間違いだよ」

と教えるのは選択の余地を奪うことになりかねません

 

初心者にとっては試す余地もなく「そうするもの」として受けとってしまうこともあるのです。

そうするとそれ以外を知らずに育っていくことになります。

 

その「正しいとされるやり方」が生徒にマッチしていればよいのですが、もしあっていなかった場合が怖いのです。

他のやり方を知らないばっかりに

「なんでちゃんとやってるのに吹けないんだろう・・・私向いてないのかなぁ。」

って思ってしまう可能性もあるのです。

 

向いてないんじゃないんです、

他の選択肢を知らないだけなんです。

 

 

ぼくが大切にしていること

植松電機の社長植松努さんはTEDのスピーチの中でこうおっしゃっています。

 

学校というのは失敗を安全に経験させる場所

 

僕はレッスンの場でも同じだと思っています。

失敗を避けることを教えるんじゃなくて、いろんな失敗を経験させて「あ、こうじゃないんだな」「だからこれが良いって言われてるのか」っていうことを気づかせてあげる場を作ることが指導者の仕事の一つなんじゃないかと思っています。

 

 

みんなこう育ってきてしまった

現代の学校教育の影響かどうかはわかりませんが、僕も含め多くの人は正しいものを選び、間違ったものを省くというふうに育ってきました。そのため正誤、良し悪しに関しては敏感です。

もし指導者に「これはダメだからこっちやろう」と言われたら、価値観の定まりきっていない初心者は良いほうをやり、ダメなほうは試さないでしょう。

 

そうならないためにも指導者は

「これはこんな風に使えるよ」

「こういう時はこういう吹き方もできるね」

「それでできなかったら逆をやってみたら?」

のように選択肢や演奏の自由さ、発想の転換などを提示できたらいいなと思います。

 

 

正誤の判断は藝術にはそぐわない

正誤の判断を正解のない芸術分野、とりわけ音楽に当てはめると厄介なことになります。

正誤で考えるならば音楽では、正しいとされるものの反対もまた正しいのですから。

 

まとめ

指導者は読んで字のごとく「生徒の行く道を指示し導いていく者」です。

そのため指導者の導き方で生徒の価値観、良し悪しの判断はいかようにもなるのです。

 

 

ぼくのこの記事もまた指導スタイルの一面的なものでしかありません。

「大した経験もない若者が調子乗りやがって」って思った方はどうかそう思わず、選択肢の一つとして頭の隅においていただければ幸いです。

 

 

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