演奏に困ったとき

このことに気が付けて音楽がもっと創造的になった。

最近思ったこと。

 

世の中にあふれる吹き方、メソッド、ノウハウ、アドバイスはそれらの中から1個だけしか使っちゃいけないわけじゃなくて、全部の要素を自分の好きな時に自分の好きなだけ使える。

 

 

なんでこんなこと思ったかというと、今まで僕は「こうやって吹けるようになろうね」っていうアドバイスを翌日からどんなシチュエーションでも使えるようにとほぼ半強制的に練習していた。

そうすると当然技術は片方に偏る。

今までとバランスが変わったことで、今までできていたこともできなくなって、調子を崩したと思うことも多々あった。

 

でもいろんな考え方や方法、そしてそれを駆使する人に会ったことで、自分自身も考えが変わった。

 

技術を選択できる自由。

世の中には片方があれば、もう片方がある。

ハッキリした吹き方があれば、その要素を無くしていった吹きかたが対極にはある。

どちらが良いというのは絶対にない。

完全無欠の一個の吹き方なんてものはない。

この吹き方をやっていれば大丈夫っていう吹き方もたぶんない。

 

 

あるのはその場に適した吹き方、自分のやりたいことができるやり方。

 

 

例として硬い吹き方とソフトな吹き方がある。

自分が吹ける一番硬い吹き方と自分が吹ける一番ソフトな吹き方の間には無限のグラデーション、つまり選択肢がある

自分にはその中から選ぶ自由と使う時の責任があるのだ。

そしてそのグラデーションの中からしっくりくるのを選べるのも練習時の楽しみの一つだとも思える。

 

あなたの持つツールの種類、その使い方があなたの個性

一曲の中で音楽の一貫性があれば、いろんな吹き方をしてもいいと思う。

 

ここの場面はこの人みたいな吹き方、ここはあの人、ここはラヴェルみたいに、ここはその作曲家らしく、ここは意識してハッキリ、ここは自分らしくやわらかく、などなど。

 

自分の中にあるものはすべてのものはツールの一つであり、使いたいときに使えばいい。

使っちゃいけないものも、使わなきゃいけないものもないとぼくは思う。

短所だってそれがマッチする場面では立派なツールの一つになる。

 

そしてその持っているツールの種類や使い方、使うタイミングっていうのが「個性」というものの一側面じゃないかと最近は思っている。(もちろん「一個しかない」というのも立派な個性)

 

だから何かをするとき「こうじゃなきゃいけない」じゃなくて、自分の持ってるツールを自分の好きなように使い、そしれ生まれたものを責任もって「自分のものです」と言えるようになりたいなとおもった。

もっと音楽を自分のツールで創造していこうと思った。

 

 

 

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